本文へ移動
Takumi Tokunaga
Blog

新規プロダクトを作りたいエンジニア就活生が、インシデント直後の企業を見るときの観点

公開日 · 2026/05/03

トピック

就活
エンジニア就活
セキュリティ
SaaS
キャリア

はじめに

エンジニア就活をしていると、会社説明会でよく聞く言葉があります。

「若手のうちから裁量を持てます」 「既存システムの保守だけではなく、新規プロダクトにも関われます」 「要件定義から実装まで、一気通貫で経験できます」

どれも魅力的です。特に、最新技術を使って新しいWebサービスを作りたい学生にとっては、かなり刺さる言葉だと思います。

私自身、以前いえらぶGROUPの会社説明会に参加したことがあります。そのときも、人事の方や現場エンジニアの方から、事業が急成長していること、既存機能の追加だけでなく若手のうちから新規プロダクトを1から要件定義して作れることを説明されました。

不動産業界という大きな市場に対して、SaaSで業務を変えていく。しかも若手でもプロダクト作りに深く関われる。その話自体は、エンジニア志望の学生から見るとかなり魅力的でした。

一方で、2026年4月8日、同社はクラウドサービスへの不正アクセスに関するお知らせを公開しました。

https://www.ielove-group.jp/news/detail-1371

また、INTERNET Watchなどの報道でも、同社のクラウドサービスで第三者による不正アクセスが確認され、一部情報が不正に読み出されたことが報じられています。

https://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/2100663.html

この記事では、この事案をきっかけに、エンジニア就活生が「新規プロダクトを作れます」という採用ピッチをどう受け取るべきかを考えます。

まず、何が起きたのか

公式発表によると、いえらぶGROUPは2026年4月6日に同社クラウドサービスへの不正アクセスの可能性を認識し、初動調査を開始しました。その後、2026年4月8日から本格的な調査を開始し、不正アクセスによってデータが不正に取得されたことが判明したとされています。

公表時点では、社外関係者に関する情報と同社に関する情報が不正に読み出されたことが確認されています。同社は社内に危機対策本部を設置し、外部のサイバーセキュリティ専門機関と連携しながら、影響範囲の調査と被害拡大防止を進めていると説明しています。

ここで重要なのは、この記事の主題が「どの侵入経路だったのか」を断定することではない、という点です。公式発表だけでは、具体的な侵入経路、認証情報の扱い、クラウド基盤の設定、アプリケーション側の脆弱性などの詳細は読み取れません。

ただし、BtoB SaaSの性質上、こうしたインシデントが起きたときの影響範囲は広がりやすいです。

不動産会社向けの業務支援SaaSは、物件情報、問い合わせ情報、顧客管理、ポータルサイト連携など、多くの業務データが集まる場所になりがちです。便利な「業務のハブ」であるほど、一度問題が起きたときには調査対象も、関係者への説明も、再発防止策も重くなります。

そして、就活生が見るべきポイントはここです。

インシデントそのものだけではなく、その後の開発組織のフェーズが大きく変わる可能性がある。

採用ピッチは「平時」の話として聞く

会社説明会で語られる魅力は、多くの場合「平時の理想状態」です。

もちろん、それが嘘という意味ではありません。実際に成長中の企業では、新しい機能も、新規プロダクトも、若手への裁量も存在するでしょう。

しかし、重大なセキュリティインシデントが起きた直後は、会社全体の優先順位が変わります。

それまで「攻めの開発」に向いていた開発リソースが、「守りの開発」に寄ります。

たとえば、次のような仕事が一気に増える可能性があります。

  • 影響範囲を特定するためのログ調査
  • 不審アクセスの遮断や監視強化
  • 権限設計や認証フローの見直し
  • 監査ログ、証跡管理、アラート設計の強化
  • 脆弱性診断やペネトレーションテストへの対応
  • 外部セキュリティ専門機関からの指摘事項の修正
  • 顧客や関係会社への説明に必要なデータ整理
  • 再発防止策をリリースするための既存システム改修

これは、どれも重要な仕事です。むしろ、社会的責任のあるSaaS企業としては避けて通れません。

ただし、「新しいプロダクトを0から作りたい」と思って入社する学生にとっては、期待していた開発体験とズレる可能性があります。

新規プロダクト志望者が慎重に見るべき理由

1. 新規開発よりも負債返済が優先されやすい

重大インシデント後の企業では、まず既存システムの安全性を説明できる状態に戻す必要があります。

このフェーズでは、「新しい機能を作ること」よりも「既存システムを壊れにくくすること」が優先されます。

たとえば、次のような作業です。

  • アクセス制御の見直し
  • データベースやストレージの権限分離
  • 機密情報の取り扱いルールの再設計
  • レガシーな実装の棚卸し
  • 例外的に許可されていた運用の廃止
  • 監査対応に耐えるログ基盤の整備

これらはエンジニアとして非常に大事な経験です。しかし、説明会で聞いた「若手が新規プロダクトを要件定義から作る」という話とは、かなり違う日常になるかもしれません。

特に新卒配属では、自分で配属先や担当領域を細かく選べないことも多いです。結果として、入社後しばらくは新規プロダクトではなく、既存システムの安全性向上や技術的負債の返済に関わる可能性があります。

2. 開発体験は一時的に重くなりやすい

セキュリティインシデント後は、開発プロセスそのものも変わります。

たとえば、本番環境へのアクセス権限が絞られる。デプロイ前の承認フローが増える。ログ取得やデータ参照にも申請が必要になる。外部ツールの利用ルールが見直される。

こうした変化は、再発防止のためには必要です。

一方で、若手エンジニアが「自分で作って、すぐ試して、ユーザー反応を見る」という開発体験を求めている場合、かなり窮屈に感じる可能性があります。

特に最近は、生成AIコーディングツール、SaaS型の開発支援ツール、外部API、クラウドサービスを組み合わせて高速に開発するのが一般的になっています。しかし、インシデント直後の企業では、こうした外部ツールの利用にも慎重にならざるを得ません。

「モダンな開発環境です」という説明があったとしても、実際には一時的にかなり保守的なプロセスへ寄っている可能性があります。

3. 組織の空気が変わる

重大インシデントは、技術だけでなく組織にも影響します。

開発チームは、機能開発だけでなく、調査、説明、再発防止、監査対応、顧客対応のためのデータ抽出などに追われます。プロダクトマネージャーも、営業も、カスタマーサクセスも、平時とは違う動きになります。

この状態が長く続くと、組織の雰囲気はどうしても守りに入ります。

「まず問題を起こさないこと」が最優先になり、「新しい挑戦をすること」は後回しになりやすいです。

もちろん、これも会社としては自然な反応です。ただ、新規プロダクト開発を期待して入る学生から見ると、入社前に想像していた環境との差が大きくなるかもしれません。

逆に、最高の環境になる人もいる

ここまで読むと、「インシデント直後の企業は全部避けたほうがいい」と聞こえるかもしれません。

しかし、それは違います。

むしろ、志望領域によっては非常に濃い経験が積める可能性があります。

たとえば、次のようなキャリアを目指す人です。

  • SRE
  • セキュリティエンジニア
  • クラウドインフラエンジニア
  • コーポレートセキュリティ
  • DFIR
  • 大規模SaaSの信頼性向上に関わりたい人

インシデント後の再設計フェーズでは、認証、認可、監査ログ、ネットワーク分離、IAM、ゼロトラスト、監視、インシデントレスポンスなど、普段の新規開発では触れにくい領域を深く経験できる可能性があります。

一度問題が起きたシステムを、より安全で説明可能な状態へ戻していく経験は、平時の企業ではなかなか得られません。

つまり、見るべきなのは「良い会社か悪い会社か」ではありません。

自分がやりたい成長と、会社が今必要としている仕事が一致しているかです。

面接で聞くべき質問

エンジニア就活生が本当に確認すべきなのは、抽象的な「裁量がありますか?」ではありません。

もっと具体的に聞いたほうがいいです。

たとえば、次のような質問です。

直近のインシデントを受けて、現在の開発リソースは新規開発とセキュリティ強化・既存改修でどの程度の割合になっていますか?

新卒エンジニアが配属される可能性のあるチームでは、今後1年でどのような開発テーマが中心になりますか?

新規プロダクト開発に関わる場合、要件定義、設計、実装、運用のうち新卒はどこまで担当できますか?

セキュリティ再発防止策によって、開発フローやデプロイフローはどのように変わりましたか?

生成AIツールや外部SaaS型開発支援ツールの利用ルールは、現在どうなっていますか?

これらの質問に対して、具体的な答えが返ってくるなら、むしろ良いサインです。

逆に、ずっと「若手にも裁量があります」「成長できます」といった抽象論だけで返ってくる場合は、自分の期待と現場の実態がズレていないか慎重に見たほうがいいです。

おわりに

就活生にとって、会社説明会は重要な情報源です。

ただし、説明会で語られる採用ピッチは、あくまで会社が見せたい姿です。そこに嘘がなくても、会社の現在フェーズをすべて反映しているとは限りません。

今回のようなセキュリティインシデントのニュースリリースは、エンジニア就活生にとっても無関係ではありません。

それは単なる炎上ニュースではなく、入社後に自分がどんな開発をすることになるのかを考えるための重要な材料です。

新規プロダクトを作りたいなら、その会社が今、本当に新規開発にリソースを割けるフェーズなのかを見る。

SREやセキュリティをやりたいなら、その会社が本気で信頼性と安全性を作り直すフェーズにあるのかを見る。

この視点を持つだけで、説明会の聞こえ方も、逆質問の質もかなり変わります。

「何を作れるか」だけでなく、「今、その会社は何を直さなければならないのか」まで見る。

エンジニア就活では、そのくらい現実的な視点を持っておくと、入社後のギャップをかなり減らせると思います。

©

GitHub